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post-covid19 通信 No.6

2020.05.13

post-covid19 通信 No.6

 

 

 

前回私が使用した語句の訂正をさせてください。申し訳ありません。

 

 

Y先生からのご指摘がありました。ありがとうございます。

 

 

心身一如 → 身心一如

 

 

身が先で、心が後です。

 

 

先ず身体があって、次に心なんですね。「身」と「心」という言葉の扱いにおける歴史を調べるのも面白そうですね。

 

 

養老孟司が『日本人の身体観の歴史』(法藏館)の中で、中世の身体観を論じていて、そこで道元の身心一如を取り上げています(p.213)。

 

 

普段あまり使わない語句を書くときには、辞書で確認した方が良いことが分かりました。

 

 

 

 

 

 

さて、私たちは数回に亘ってcovid19(パンデミック)によって引き起こされたプラスの側面を眺めています。

 

 

今回は、文学の誕生あるいは再発見に焦点を当てましょう。

 

 

 

「セレンディピティ」という言葉をご存知でしょうか?

英語のserendipityをそのままカタカナにしたままですが、適した訳語が見つかりませんので、セレンディピティでいきます。

 

 

この語の語源やエピソードについては「英単語の作り方:特別編シリーズ」にて後日お話しさせていただきます。

 

 

セレンディピティとは、私たちがまさかの境遇に遭遇した場合に、予測していない偶然によってもたらされる幸運、または幸運的な発見のことを言います。

 

 

ただし、いつも心の準備をしておくことが必要です。「棚からぼた餅」ではなく、予期せぬ幸運に巡り合う能力のことと言えそうです。

 

 

自分の身の回りで起こってることに無関心な人には厳しそうです。

 

 

現在、私たちはcovid19によって引き起こされつつある人類史上最悪の災禍のトンネルの入口に到達したところです。

 

 

この最悪最低の状況の中で、自分にとって最も大切なものが発見できる人もいると思います。広い意味で、これもセレンディピティと考えることができるかもしれません。

 

 

人類史におけるパンデミックの歴史は、また別の機会に眺めていきましょう。

 

 

今回は、パンデミックによって生み出された文学作品を考察していきます。

 

 

covid19がパンデミックになった後で、今まではそれほどは読まれていなかったある本が突如ベストセラーになりました。

 

 

それはノーベル文学賞作家のアルベール・カミュ(1913-1960)の『ペスト』です。

 

 

『異邦人』は読んだことがあっても意外に『ペスト』は読まれていないもので、もしかしたら今回、購入された人もいるのではないでしょうか?

 

 

傑作ではあるけれど今まで埋もれていた作品が、時代を隔てた別のパンデミックによって、私たちの手元に入って来たこと、これもまた広い意味ででセレンディピティと考えることができるかもしれません。

 

 

大切なものはいつも目の前にあるけれど、中々気付くことができないということかもしれません。

 

 

さて、『ペスト』を少しのぞいてみましょう。

 

 

舞台は、カミュの出身地アルジェリアのとある街。一匹のネズミの死から小説はスタートします。徐々に町にはペストが蔓延していきます。そして…..

内容は、読んだ方が私の下手なあらすじより断然ベターです。

 

 

一部フレーズを眺めてみましょう。

 

 

 

 

「天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかし、そいつがこっちの頭上に振りかかってきたときは、容易に天災とは信じられない。」

 

 

covid19の災禍の元で暮らす私たちもしばらくは、このような状態でしたね。

 

 

『ペスト』の主人公医師リウーは言います。

 

 

「ペストと闘う唯一の方法は誠

実さだ」

 

 

 

 

 

 

現在、世界各国において、政府による非常事態宣言での自粛要請がなされていますが、これは言うなれば私たち自身が自分たちの日常生活から追放されたことを意味します。

 

 

 

金魚鉢の中から金魚がさっと掬い上げられ、床に放りなげられて、「君たちが金魚鉢で泳いでいると他の人がcovid19で死んでしまうんだよ、しばらく床にいたまえ」と、床でピクピクしている金魚に向かって偉い人が語りかけている、そのような現実に私たちは今直面しています。

 

 

このような現象をカミュは、不条理という言葉で表現しました。

 

 

 

 

私たちは、カミュが感じたのと同様に、現在、集団的不条理に襲われています。しかしながら、私たちは自分のできる小さなことを見極めて、誠実さを武器に行動する以外に他に手段はなさそうに思えます。

 

 

ただ忘れてはいけないのは、健康第一ということです。この病気にかからないように努力しましょう。人間にとって身体が最も大切です。

 

 

 

 

ペスト関連の文学では、古い作品ではありますが、ボッカッチョ(1313-1375)の『デカメロン』も読みたいですね。タイトルを日本語にすると「10日間」です。ペストから逃れて引きこもり生活をしている人達の10日間の暇つぶしで100の物語を語り合います。

 

 

この作品は、チョーサー(1343-1400)の『カンタベリー物語』や『千夜一夜物語』のような形式と言えばイメージしやすいでしょうか。

 

 

ペスト関連では、『ロビンソン・クルーソー』で知られるダニエル・デフォーも『ペスト』という作品を残しています。

 

 

 

 

その他、ペスト関連で生まれた大切な英単語「quaratine(検疫)の語源」や医学的に重要な貢献を行った「北里柴三郎(1853-1931)」については、Googleで調べてみましょう。

 

 

 

 

パンデミック関連の作品では、小松左京(1931-2011)の『復活の日』があります。これは映画(1980年)の方が有名になりました。主演の草刈正雄がいい味出しています。

 

 

ここでのウイルスは生物兵器として開発されたもので超強力です。地球上での最終的な生存者は百人くらいだったような。

 

 

最近の映画では『コンテイジョン』(2011年)というパンデミック映画があります。この映画の設定は、私たちが現在covid19によって被っているシュチュエーションとそっくりです。

 

 

映画としての盛り上がりには欠けますが、ウイルスそれ自体よりパニックになった人間の行動の方が恐ろしいということが描かれていて私たちの現状と同じです。

 

 

現実の話として、この『コンテイジョン』の医療監修を務めた医師が、今回のcovid19に感染しました。軽症で済んだそうですが、油断禁物であることを私たちに語りかけてくれます。

 

 

パンデミックにより創造された文学作品や映画は、まだまだ沢山あります。また別の機会に眺めてみましょう。

 

 

パンデミックがあったが故に、人間の想像力が刺激され様々な文学作品や映画が生まれます。常にそこには人間の前向きな姿勢、場合によっては笑いをも齎そうとする努力があります。人間は、苦悩を作品に昇華させる力をもっていると言えそうです。

 

 

パンデミック文学/映画が私たちに伝えてくれているのは、本当に危機的状況に私たちが直面すると、その人が生まれ持っている資質が倍になって現れて目に見えてくるということです。

 

 

 

卑怯な人はより卑怯に、臆病な人はより臆病に、誠実な人はより誠実に、正義感の強い人は正義の斧を振るい、自分の考えとは異なる人を叩き斬ろうとします。

 

 

 

 

さて、最後にカミュの『ペスト』の締めくくりのフレーズを眺めてみましょう。翻訳は、宮崎嶺雄。

 

 

 

 

「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類のなかに眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反故のなかに、しんぼう強く待ち続けていて、そしておそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストがふたたびその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせにさし向ける日が来るであろうことを。」

 

 

今回、covid19は、私たちにどのような教訓をもたらすために、やって来たのでしょうか?

 

 

いつもは目に見えないほど小さなその体が、このように巨大な怪物の姿をとって私たちを襲撃するからにはそれなりの意味があるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

Stay home, and stay cool.

 

       竜崎克巳