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    serendipityについて

    2016.03.28

    serendipityについて

     

     

    Sri Lankaのアラビア語名はSerendipというらしい。この単語に英語の名詞語尾を形成する-ityを付加するとserendipity(偶然に何かを発見すること)という英単語が形成される。

     

     

    この有名な言葉を造語したのは、怪奇小説愛好家なら知らぬ者はいないホレス・ウォルポール(1717-1797)である。

     

     

    ウォルポールの名を聞けば直ちに『オトラント城綺譚』が思い浮かぶであろう。この摩訶不思議な幽霊物語は今日のホラー小説の原点であると言って差し支えない。わが国では、名翻訳家平井呈一の手による日本語で、このghost storyを読むことができる。

     

     

    ラフカディア・ハーンによると、昔のイギリス人(アングロサクソン人)は、神秘・超自然現象などを表すためには、このghostlyという言葉しかもたななっからしい。spiritsupernaturalという単語はラテン語系である。

     

     

    「人間のspiritが」とか「人間のsoulが」という代わりに「人間のghostが」という表現を昔のイギリス人は使っていたらしい。これに似ているのが古代ギリシャのダイモーンという概念である。

     

     

    マルクス・アウレリウス の自省録の中に「その人の中のダイモーンが」というような表現が頻発する。実際に読むまではラテン語で書かれているものと早合点していたが、このローマ皇帝は、ギリシャ語で綴ったのである。1ページ読むのに数時間悪戦苦闘であるが、本はゆっくり読めば良いのである。

     

     

    ダイモーンという表現は、個人の中に宿る「霊的なもの・精神・理性」のような意味で使っているような印象であり悪い意味は少しも感じられない。

     

     

    後にこの「ダイモーン」は、プラトンの弟子のクセノクラテスによってマイナスの意味が付加され、その後はキリスト教の文脈において、悪の代名詞「デーモン」にまで降格されてしまった。

     

     

    話を元に戻そう。

     

     

    なぜ、serendipityなる英単語が、「予想外のものを発見したり、出会ったりすること」という意味になったのか?字義通りなら、せいぜい「スリランカ的なもの」の意味となる。

     

     

    この語の由来は、ウォルポールが子どもの頃に読んだという『セレンディップの三人の王子たち(偕成社文庫、竹内慶夫編訳)』という物語に関係している。実際、書き出しを少し覗いてみよう。

     

     

    「むかし、王たちがかしこく、重要な問題を話し合いによって解決していたよき時代のこと、セレンディップにジャッフェルという偉大な王がいた。王には三人の王子がおり、・・・」

     

     

    物語を要してはいけないが、要するに、王は自分の国の後継者を決めるため、王子たちに諸国を遍歴させる。その間に様々なエピソードが挿入されている物語形式で「千夜一夜物語」のようなイメージ。偶然や才気によって、予期していないものを王子たちは発見していく。

     

     

    「セレンディップ」第一のエピソードは、アメリカのテレビドラマ「メンタリスト」のジェーンを彷彿とさせる観察力で面白みがある。その他のエピソードは大したものではない。

     

     

    この王子たちの旅を通しての「予期しない発見」をウォルポールは面白がり、自分自身の思いがけない発見を友達に説明するために、この物語の物語性を封じ込める目的 (このお話に出てくるあの感じだよ!という意味) serendipという語を拝借し、serendipityなる言葉を作ってしまった。その英単語が21世紀にも生き残っているとは、ウォルポールも想像していなかったであろう。

     

     

    serendipityの使い方については、アルキメデスの浮力の原理発見のエピソードやキューリー夫人の「偶然の発見」などを調べてみるのも面白い。