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    ローマのストア派

    2021.08.04

    ローマのストア哲学

     

     

     

    古代ギリシアのアテーナイでストア哲学は誕生する。紀元前300年。

     

     

    「哲学」はあまり人気がない。「哲学」という堅苦しい日本語が事態をより悪くしているのかもしれない。明治時代に西周またはその周辺の人がギリシア語の「フィロソフィー」を日本語に移す際に、この「哲学」なる訳語が生まれた。

     

     

    「フィロソフィー」の成り立ちは「フィロ(愛する)+ソフィー(知恵)」であり、そのままの訳語だと「愛知」とか「愛智」になってしまってなんだか格好がつかなかったのだろうか。

     

     

    本家ギリシア語の「ピロソピア」という単語は「三平方の定理」などで有名なピタゴラス(紀元前582〜496) によって作られたとされている。

     

     

    日本語でよく「自分に厳しい」の意味で「ストイック」という語が使われるが「ストア派」が語源である。

     

     

    さて、「ローマのストア派」に辿り着くまでに簡単に時代の流れと有名な哲学者を整理してみよう。

     

     

    まずはギリシアへ。

    古代ギリシアにおいて記録に残る最古の哲学者がタレス(紀元前624頃〜546頃)で「万物の根源は水」と考えた。その弟子がアナクシマンドロスで「万物の根源は無限なるもの」とした。その弟子がアナクシメネスで、「世界の原物質は空気」と考える。

     

     

    さらに原子論のデモクリテス(紀元前460頃〜370頃) 、「万物流転」のヘラクレイトス(紀元前535頃〜475頃)などが人口に膾炙している名前。これらの哲学者の関心は専ら「自然」へ向かっていた。

     

     

    私たち自身の内にある「魂への配慮」が大切と考えたソクラテスの登場以来、哲学が急に「人間的」になってきたようだ。ソクラテスが死刑宣告を受け毒杯を仰ぐのが紀元前399年。

     

     

    ソクラテスの弟子がプラトン であり、プラトン の弟子がアリストテレスである。アリストテレスを家庭教師として幸運にも迎えたのがアレクサンドロス大王である。

     

     

    そのアレクサンドロス大王が急死するのは紀元前323年で、それ以降はヘレニズム時代と呼ばれる。

    この時代のギリシア語はコイネー(共通語)と呼ばれ、当時の国際語になっていく。今で言えば英語と同じような地位である。

     

     

    ストア派に目を向けてみよう。

    ストア派の始祖とされるのはゼノン(前335〜263頃)である。そのゼノンの弟子たちも、またその弟子たちもたくさんいるわけだが、著作が悉く失われ、後世の著述家によって部分的に「誰々は〜のように言った」のように引用されている箇所を見つけられるだけである。そしてその教えはローマに伝わる。

     

     

    ストア派哲学の教えを簡単にまとめると、自然と調和して生きることによって幸福に到達するという教えを基に、苦難に遭遇しても冷静沈着、平常心を保ち、富や名誉や快楽に無関心、無感覚であり、自制心や忍耐力を鍛える実践的な哲学であると言えるであろう。

     

     

     

     

    漸く私たちの目的地であるローマに到着。この地で3人のストア派哲学者に会って、彼らの言葉に少しだけ耳を傾けてみよう。

     

     

     

     

     

     

    1) セネカ(紀元前4〜後65)

    2) マルクス・アウレリウス(121〜180)

    3) エピクテトス(50頃〜135頃)

     

     

    1) セネカ

    ローマ属州のヒスパニアに生まれる。政治家であり、哲学者であり、戯曲も書く。ローマ皇帝ネロの家庭教師でもあった。

     

     

    「生きることの最大の障害は希望を持つということであるが、それは明日に依存して今日を失うということである。」

     

     

    「運命は、志あるものを導き、志なきものをひきずっていく。」

     

     

    「どんな豊かな土壌でも、耕さなければ実りをもたらさない。人の心も同じである。」

     

     

    「貧しい者とは、ほとんど何も持っていない人間のことではなく、もっと多くを渇望する人間のことを言う。」

     

     

     

     

    2)マルクス・アウレリウス

    貴族の家系に生まれる。いずれは皇帝になる定めがあった。エピクテトスの本を耽読してストア哲学へ傾倒する。後にローマ皇帝となる。五賢帝のひとり。戦地にて本を書く目的ではなく、自分のために内省しながら言葉を綴ったのがいわゆる『自省録』。

     

     

    「人生において君を守るために付きそってくれるものは何だ?たった一つ、哲学だけだ。」

     

     

    「恐るべきは死ではない。真に生きていないことをこそ恐れよ。」

     

     

    「良い人間のあり方を論ずるのはやめにして、そろそろ良い人間になったらどうだ。」

     

     

    「空中に投げられた石にとって、落ちるのが悪いことではないし、昇るのが良いことでもない。」

     

     

     

     

     

     

    3) エピクテトス

    奴隷として生まれる。後に解放奴隷となり、さらに哲学者となる。マルクス・アウレリウスとは現実的生活において対照的であるが、ストア哲学によれば、自分が生まれた境遇は精神の自由とは関係ない。社会的地位や財産がいくらあっても、人は自分の力を超えた運命によってあっという間に奈落の底に突き落とされる。

     

     

    「逆境は人の真価を証明する絶好の機会である。」

     

     

    「哲学とは、自分の幸福が外からの事柄にできるだけ左右されないように心がけて生きることである。」

     

     

    「もし君が自分のものでないものを望むならば、君自身のものを失うことになる。」

     

     

    「幸福への道はただ一つ。意志の力でどうにもならないことは悩まないことだ。」

     

     

     

     

    ◯読書案内(それぞれ1冊ずつ)

     

     

    セネカ

    『生の短さについて 他ニ篇』

    大西英文訳 岩波文庫

     

     

    マルクス•アウレリウス

    『自省録』神谷美恵子訳 岩波文庫

     

     

    ヘラクレイトス

    『人生談義(上・下)』國方栄ニ訳

    岩波文庫

     

     

     

     

    上記3人の中では、セネカが日本でも欧米でも人気があり、よく読まれている。元の言語はラテン語で書かれている。

     

     

    『自省録』の日本語訳は4つくらい出ているが、神谷美恵子の日本語がわかりやすい。マルクス・アウレリウスのギリシア語は翻訳するのに骨が折れると思うけど、彼女は赤ちゃんを育てながら台所で翻訳したという逸話がある。精神科医でもあり、美智子皇后の相談役であった。尚、第1章は飛ばして2章からどうぞ。

     

     

    『人生談義』は、エピクテトス自身が著したのではなく、弟子のアリアノスがエピクテトスから聞いた言葉をそのままえ書きとめた謂わば講義ノート。