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    『不滅のあなたへ』

    2021.08.10

    『不滅のあなたへ』

     

     

    私たちの「心」的なものを表す言葉に「精神」と「魂」というのがあり、それぞれに「神」や「鬼」が含まれていて、改めて見つめるとなにやら怖い感じもする。私たちの体には「神」が閉じ込められているのだろうか、それとも「鬼」?

     

     

    英語で「精神」はspirit。この語は、ラテン語のspiritus(息)にその源がある。神が生命に「息」を吹き込んで、人間を作ったというのがよくある説明である。

     

     

    日本語の「息」と「生きる」も無関係ではないであろう。

     

     

    マルクス・アウレリウス(古代ローマの皇帝で、五賢帝の1人)の『自省録』を読むと*「ダイモーン」という言葉に度々遭遇する。訳者によっては、この「ダイモーン」を「魂」「鬼神」「神霊」などと翻訳する人もいる。

     

     

    *ダイモーン:神と人間の中間にある存在で、各人間にとっての守護霊となる。エピクテトスは、これを各人の理性と同等のものとみなしている。

     

     

    やや複雑な時代背景を省略するが、キリスト教の影響のもとに、このダイモーンはその後に「デーモン」となり「悪魔」にされてしまった。

     

     

    キリスト教は、一神教なので、他の宗教の神を一切認めない。したがって自分の神以外を「悪い神」→「悪魔」として追いやってしまった経緯がある。

     

     

    映画『エクソシスト』に出てくる悪魔像(現在、ルーブル美術館にある)は、古代メソポタミアの神パズズである。他にも「悪魔」にされた神々多数。

     

     

    「魂」という概念を哲学の俎上に載せて、その存在の意識化に決定的な役割を演じたたのはソクラテス(紀元前470-399)であったと言われている。

     

     

    古代のギリシア人たちは魂は肉体の消滅とともに消えてしまうという考えに依拠していた節がある。その代わりに、名声、栄光、名誉を「不滅」であるものと捉えていた。

     

     

    そういうわけで、ギリシア人は政治や軍事に並々ならぬ情熱を燃やし死をもかえりみない勇敢な行為を成し遂げ「不滅」の名声を手に入れることに命をかける。

     

     

    しかしながらソクラテスはそういう名声などはすぐに消えてしまうものであり、魂こそが「不滅」であると言い出したのだから、きな臭い匂い空気が漂うことになる。

     

     

    金も財産も欲しい。命も惜しい。死後の名声も手に入れたい。これらは人間にとって本当に大切なものではない、大切なのは魂への心配りであると言ったのだから、ギリシア人にとってはソクラテスは厄介者以外の何でもない。

     

     

    「不正をされても不正はするな」とソクラテスは言う。不正をすることで自分の魂を傷つけることになるからである。魂に配慮すること、魂を知ることが自分自身をよく知ることであり、善悪の判断は外にあるのではなく自分の内面にあるということになる。

     

     

    ソクラテスは、自分の生みの親であるポリスによって不正な死刑宣告を受ける。クリトンなどの友人に脱走を勧められるが、それは不正をすることであり、断固拒否し自ら死に向き合う。

     

     

    ただ「生きる」のではなく「よく生きる」ことが人間には最も大切であるというのがソクラテスの主張であり信念である。

     

     

    私たちは日々目の前の事柄の処理にあくせくして、肝心なことには目をつぶって生きているので、時に自身が享受しているライフスタイルの吟味が必要なのかもしれない。

     

     

    結局のところソクラテスは、その死によって魂の「不滅」だけではなく、その名声の「不滅」をも獲得したことになる。

     

     

    と、そのようなことを最近おもしろいなあと思ったアニメ『不滅のあなたへ』という作品を観て思いました。

     

     

    注)『不滅のあなたへ』は、ギリシア哲学のお話ではありません。現在、NHKにて毎週月曜日22:50放映中。